網代の間・越中の間

数寄の贅を尽くした階上において、網代の間とそれに続く越中の間は天井を網代張りとするなど、限られた空間の中に工夫を凝らした意匠が多くみられます。


天井を杉柾の網代張りとしている網代の間には、いわゆる雪見障子として、当時オランダから輸入されたギヤマンが嵌め込まれているなど、江戸末期の西欧文化も大胆に取り入れられています。


そのお隣のお部屋、越中の間には天井材に富山の立山杉が用いられています。こちらにも床前の天井は三角杉の網代張りとされており、天井竿の床挿しを防いでいます。また、床の間、違棚とも台木幅で、床右手前には大丸窓が付けられています。

網代の間

このお部屋には、1827年将軍徳川家斉の娘・溶姫が斉泰に嫁がれた際に持参された、火を防ぐお人形として江戸城に秘蔵されていたと云われる火伏人形が置かれています。

越中の間

建築様式における吉祥にて禁忌されてきた床挿しを防ぐ為だけでなく、この三角形の天井にも網代張りを施されるなど、趣向を凝らした大胆な工夫が特異な意匠となっています。